ことば~実践

行う、実行、実践。

よくキリスト教は実践の宗教だといわれます。
実践。私たちもよく使います。
先生もよくおっしゃいます。

そう、実践。

これがですねー。難しいんですわ、ほんとに。^^;

やりがちなのが、実践しなさい、と言われて、
忘れないように「実践しなさい」と、ノートに書いて、
ノートを閉じて、終わり。
以上。
そして、そのまま忘れる・・・。

―――わかりますでしょうか。この、矛盾。

あの、たとえば、ダイエットの本とか、ビジネス書とか、お金を貯めるための本とか、断捨離の本とか、
読むじゃないですか~。(私はけっこう読んでました。^^;)
が、
費用対効果、どうでしょう。
本を読んだ分、本にお金を払い、読む時間を投資した分、
の効果は、得られたでしょうか???

残念ながらわたくしの場合、体重もさほど変化なく、体形もそのまま、
仕事は…多少早くできるようになった、のかなぁ?くらいで、
少なくとも、お金はまーったく貯まっておらず、
物も減らしはしたけど、満足するに至ってなくて。。。

要は、「実践」が充分でない、できてないってことなんですよね。
知って満足して終わってる、とか。
知って、できた気分になってるだけ、とか。
わかったつもりになってるだけ、とか。

そして、実践しても、続かない―――。

(嗚呼、我ながら耳が痛い・・・TT)
先生もおっしゃるのですが、
“○○ということはどういうことなのか、よく考えてみなければいけません”
と。
そうなんですよねー。

「実践」

それって、じゃあ、どういうことなの?とか、
何をすることなの?何からすればいいの?とか、
考えて、やってみないといけないんですよ、

―――自分で。

この、自分でする作業、そしてそれを続ける努力、
それは、そこは、教えてもらえないんですよね・・・。
自分でやるしか、ない。
文字通り、やるしか、やってみるしか、ない。

もちろん助けてもらったり、背中を押してもらえたり、するのですが、
はじめの一歩は、自分で踏み出すしか、ない。
怖くても、その先が見えなくても。

誰かに代わりに、息をしてもらうことも、ご飯を食べてもらうことも、トイレに行ってもらうことも
できないように。
自分で、自分が、やるしか、ない。

ひとつひとつ、その言葉を具体的にアクションに落とし込んで、
自分で実践してみる、続けてやってみる。

そうしていったら、続けていけたら、
何かが大きく変わる気がします。
期待している以上の効果が、待っていると思います。

本当の意味での「実践」、してみませんか?

摂理牧師ブログ

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