探究、そして精密

先日、演奏家のお話を聞く機会がありまして。
まあ、そのお話の奥深いこと。
その探究心の最たるものや。

楽譜も楽器も作曲家についてもその演奏方法についても
その人その時代、背景、情勢、当時の音楽についての概念、歴史
関連するものこと書物等々、あらゆる面に触手を伸ばし
学んで比べて研究しまくって実際に演奏もしてみて自分の糧にして
その上で、自分はこう、とアウトプットする。

…そうでした。そうすべきでした。聖書も御言葉も。
作者の意図をつかみそれを再現できるまで
自分のものになるまで、研究し、行なう。

——— 最先端は「精密」

精密とは、細部に至るまで狂いがなく、細かくゆきとどいている様子。

私にとっては、音楽を通してがいちばんわかりやすく理解しやすく。
神様はまぁそこまでよくご存じで。
かつては、聖書の読み方って楽譜読むのと一緒じゃん!(もっと深いけど)とか
わかったつもりになっていたけれど、
今やすっかり抜け落ちて字面を追っているだけになっていなかったか…
…いや、ならばこれから!ということで。
聖書も御言葉も精密に、探究して、自分のものになるまで行なって。

まさに、「このように、こうだ」と神様に言われているような、
そんな機会となりました。

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